Rain Distance

 

 

 朝から雨が降り続いている。

 激しくはないがしとしとと。

 その雨の中、少女は一人佇んでいる。

 その目は視点があっておらず、まるでここにはないどこかを見ているようだ。

 

 「始めろ」

 

 少女の立つ広場を見下ろすテラスから、白いひげを蓄えた初老の男が命令すると、

 少女の周りに数十人の兵士が追い詰められたような表情で武器を構え、取り囲んだ。

 そして武器を振りかぶるといっせいに襲い掛かった。

 少女は身動き一つしない。

 しかし、少女の体から淡い光が発せられたかと思うと、兵士達は一瞬にして灰と化した。

 

 それを満足そうに見届けた初老の男は、高笑いしながら奥の部屋へと下がる。

 後にはまだくすぶるように煙を上げている灰の山と、相変わらず無表情で視点の合わない少女。

 

 その目から流れる水は雨が滴り落ちているのか、それとも涙なのか、少女にもわかってはいない。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 少女の亡がらは奇跡的に生み出された薬で、今の状態を維持できることになった。

 少年はその処置を固く押し黙ったまま見守っていたが、

 それらが終わると悲しげな瞳で少女に近づく。

 しばらく祈るように見つめると、少年は部屋を後にする。

 

 そして別の部屋で、彼は黙々と旅に必要な荷物を詰め始めた。

 今度は長い旅になる、そんな予感がよぎった。

 しかしそれでも止めるわけにはいかなかった。

 自分にとって大事なものを取り戻すために。

 旅の準備を終え家を出ると、外は雨が降っていた。

 少年にはまるで空が泣いているように思えた。

 少女の死を悲しんでいるのか、自分の愚かな行為を嘆いているのか。

 だが少年にはどちらでもよかった。

 自分のするべきことは、秘宝を見つけることだけ。

 少年は決意を固めると雨の中へ走り始めた。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 城は騒然となっていた。

 世継ぎの王子が一人、行方不明になったのだ。

 前日に王の国葬が行われたばかりで、時期国王について決めねばならないだけに、

 大臣を始め家臣達は血眼になって探した。

 いよいよいないとわかると、大臣達は頭を抱えた。

 

 そこに一人涼しい顔のもう一人の王子が現れた。

 そしてこともなげに、こう告げた。

 

 「彼はもうここにはいない。出て行ったよ」

 

 そのことで大臣達はざわめき口論となり、やがてはつかみ合いの喧嘩まで始まった。

 王子は黙ってその様子を見守っていたが、持っていた杖で床を思い切りたたき、その音で一瞬にして静まり返った。

 

 「私は父王より意志を受け継いだ。王としてこの国をよりよき道へと導く。お前達は父王の意志を継ぐ意志があるか」

 

 またしばらく顔を見合わせたりざわついたが、厳しい王の顔をした新たな王の前で一同はひざまずいた。

 

 時を同じくして降り始めた雨に、王の顔はいっそう凛と引き締まり、城の外では国民達の歓喜の声が上がった。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 雨の中、ドアがノックされた。

 男がドアを開けると、そこにはずぶ濡れになりながら一人の青年が正座していた。

 

 「私は今よりももっと強くなりたいのです。お願いします、私を弟子にしてください」

 「お前はなぜ強くなりたい」

 

 青年の真剣な願いに、男は静かにだが試すように尋ねる。

 動機が不純なものならば、弟子にするつもりはないからだ。

 しかし青年は臆することなく、心のうち全てをぶつけた。

 

 「私には兄がいます。その兄を支える力がどうしても必要なのです」

 

 視線をお互いそらさないまま長い時間が流れた。

 やがて男は青年を中へと招き入れた。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 暗い森の中、黒い髭を蓄えた一人の男が恐怖におののいていた。

 それを見下ろすのは、雷にそのシルエットが恐怖を掻き立てる黒装束の男。

 髭の男は必死に命乞いをするが、黒装束の男は聞く耳を持たない。

 そして何の躊躇もなく持っていた短刀を振り下ろした。

 

 長い悲鳴の後、雨の音だけが森にこだまする。

 その中で、雨に打たれたまま死体をじっと見つめる黒装束の男。

 

 感情を、愛するものも捨てたはずだった。

 しかし未だに人の命を絶つ瞬間はなれない。

 思い出されるのは懇願する友の顔。

 逃げた自分に浴びせられる呪いの声。

 

 仮面の下の表情に隠された感情を、連れている犬は理解していた。

 そっと足元によりそうと頭を軽く擦り付けた。

 

 黒装束の男はかがんで頭を撫でると、無言のままその場を立ち去った。

 目元が開いた仮面から流れる水は、黒装束の男の涙にも見えた。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 「将軍、見事な初陣でした」

 

 その声に将軍と呼ばれるにはまだ幼なすぎる少女が応える。

 

 「ふん、当然だ。お前達は早く後の処理を始めろ」

 

 背筋も凍りそうな目で睨むと、少女は滅亡した町を歩き始めた。

 降り注ぐ雨が妙に心地よく感じられた。

 

 だがそこに笑顔はない。

 硬く鉄仮面のような表情を浮かべている。

 しかし表情とは裏腹に、少女の心は傷ついていた。

 

 体についた血と匂いが取れない。

 この匂いが少女はたまらなく嫌だった。

 この雨が私の体ごと洗い流してくれたらどんなに気が楽なことか。

 

 だが兵士達が頭を垂れて整列しているのを見ると、そんな気持ちも吹っ飛んでしまった。

 涙の代わりに雨を顔に滴らせて、冷たい表情で道を歩く。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 口元に髭を蓄えた精悍な男が刀を振るっている。

 その太刀には迷いがない。

 流れるような動きで雨を切り裂き、それが光を放ち散りばめた宝石が舞うように。

 そしてそれを見守る清楚な女性。

 

 二人は先日永遠の誓いをした。

 戦争の最中、戦況も思わしくない。

 だからこそ未来を信じて、誓いを立てた。

 命尽きるまで、お互いを支えあうことを。

 必死で生き抜くことを。

 

 暗い戦争の中にあって、この明かり話題を国中の誰もが祝福した。

 

 その喜びを噛み締め、この戦争を終わらせる決意を新たに男は刀を振るい続ける。

 雨もまた止むことなく降り続いている。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 少年は今日も川辺に来ていた。

 友達が来なくなって数ヶ月が過ぎた。

 雨の中、いつもの岩の上で葉っぱを頭の上に乗せて、いつもの川の上流を眺めている。

 

 本能的にはもう来ないだろうことは何となくわかっていた。

 だが心はそれを拒否していた。

 淡い期待を捨て切れなかった。

 

 だが川辺でじっと過ごした今日も一日が終わろうとしている。

 家族のシルバリオ達が心配して様子を見に来た。

 

 その気配を感じても少年はしばらく動かなかったが、やがてあきらめたように岩から飛び降りた。

 顔にはしのぎきれなかった雨が滴り落ちていた。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 体中傷だらけの男は退屈そうにベッドの上で寝返りを打った。

 この雨では飛空挺を飛ばすことはできない。

 まだ完全な調整ができていない今、危険というより無謀だからだ。

 そしてまだ友を失ったショックを引きずっていた。

 その恐怖と悲しみが、今は飛ぶのを躊躇わせていた。

 

 だが男は何かを決意したようにベッドから飛び降りると、雨に濡れるのも構わず甲板に上がると、舵を握りエンジンを始動する。

 そして雨雲の上へと目指して飛んだ。

 

 しかしやはり調整不足で数時間後には不時着した。

 墜落しなかったのが不思議なくらいだった。

 男は甲板に寝転び、雨を全身で浴びた。

 その雨に打たれて、男の心の中で何かを吹っ切った。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 外で遊んでいたら、急に雨が降ってきた。

 急いで家へと帰る。

 だが帰った時にはもちろん、雨に濡れてびしょびしょになっていた。

 

 すぐに一緒に暮らしているおじいちゃんが体を拭いてくれた。

 だがそのことが自分に父も母もいないことを、いつも痛感させられた。

 

 だからいつも心にもないことを言って喧嘩した。

 本当はすこく感謝しているのに。

 

 そして一人部屋にこもるといつも思う。

 出て行った父は雨に濡れて風邪など引いてないか。

 雨宿りに帰ってはこないかなど。

 

 だがその願いは願いのまま終わった。

 そして涙を流し、おじいちゃんと仲直りをする。

 

 雨の日のいつもの一日。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 血は繋がっていないがかわいい孫だと思っている。

 

 だから雨に濡れて帰ってくると、風邪をひいてはいけないと体を拭きに飛んでいく。

 そのために、辛い思いをさせていると気づかずに。

 

 だがそれでもあの子を救えるのは自分しかいないと信じた。

 父親はもう戻ってこないとわかっていたから。

 親がいないことを寂しく思っていることはわかっていた。

 だから孫の言葉は一言も聞き漏らさず耳を傾けた。

 

 そしていつも本当は自分が支えてもらっていることに気づく。

 だから本当は心にもないことを言っているとわかっているし、辛らつな言葉にも耐えることができた。

 

 そして泣きつかれて元通り。

 

 雨の日はいつも色々な涙が流れる。

 

 

 

〜 ※ 〜

 

 

 

 その日、世界中で雨が降った。

 何かの前触れのように。

 そしてこの雨の中で運命を紡ぎ始めた者達が出会うのは、もう少し先の話。

 やがてこの雨の向こうで、大きく絡む遭う宿命を背負いし者達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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し〜ちゃん様より頂いた一品です。もう、きゃ〜vvって感じです。

初の小説を頂きまして心躍る私。気分はルンルン♪

ホントに素晴らしいの一言ですvv雨をメインにそれぞれのキャラの話が

リアルに再現されていて、出会う前はこんな心境だったんだなって思った。

すっごい切なくて心がキュッとなって、読んでいるうちに感動してうるんじゃいました。

本当にありがとうございましたぁ♪

 

 

 

 

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